大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)42号 判決 1977年12月19日

原告

前田義夫

外二名

右原告ら訴訟代理人

小牧英夫

外一四名

被告

西脇市

右代表者

高瀬信二

右被告ら訴訟代理人

中嶋徹

山上益郎

主文

一、被告西脇市長が、原告前田義夫、同寺根武一郎の昭和四八年一〇月二七日付、原告浦上秀雄の同年一一月二二日付各住宅改修資金借入申込申請に対して何らの処分をしないことは、いずれも違法であることを確認する。

二、被告西脇市は、原告らに対し、それぞれ金五万円を支払え。

三、原告らの被告西脇市に対するその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用中、原告らと被告西脇市長との間に生じたものは全部被告西脇市長の負担とし、原告らと被告西脇市との間に生じたものはこれを五分し、その三を被告西脇市の負担とし、その余は原告らの負担とする。

五、この判決中主文第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告寺根、同浦上が、いずれも、西脇市の同和地区に居住していること(原告前田についても右同様居住していることは弁論の全趣旨によつて明らかであ

る)、被告市長が本件条例に基き本件住宅改修資金貸付の決定権限を有する者であること、原告前田、同寺根が昭和四八年一〇月二七日に、原告浦上が同年一一月二二日に、それぞれ本件住宅改修資金の借入申込書に本件条例および同規則に基づく必要事項を記載のうえ、被告市の担当係員に提出したこと、被告市長は、被告市の同和対策室長をして、右各借入申込書を、原告前田、同寺根に対しては同年一一月二日、原告浦上に対しては同月二二日に、借入申込書は県連支部の支部長を経由しその承認印を得たうえで提出すべき旨指示した文書を添付してそれぞれ返戻したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争がない。そうして原告らが現に前記借入申込書を手許においていることは弁論の全趣旨によつて明らかである。

二原告らは前記借入申込書を被告市長宛に提出してこれを受理されたものであつて、被告市長がその後、右借入申込書に県連支部長を経由し、その承認印を得て提出するよう指示してこれを原告らに返戻したとしても右は何らの法令上の根拠を有しないものであり、かつ、かかる指示は法令に違反するものであつて借入申込書の提出、受理の効力を左右するものでないと主張するのに対し、被告らは被告市長において本件申請をいずれも受理していない旨抗争するので考えてみる。前記のとおり原告らが被告市長から返戻された借入申込書を手許においている事実をもつて、原告らが本件申請をその受理に至るまでの途中において留保し、いまだ、受理の段階に達していないものとみるべきか、或いはまた、被告市長が本件申請の受理を拒否する処分をしたものとみるべきかが問題である。

申請書等の返戻行為があつた場合それが単なる事実上の措置ではなくて申請却下の処分であるといいうるためには、右返戻行為が行政庁の申請却下の意思を表示したものと認められることが必要である。ところで、<証拠>によれば、右返戻のさいに原告らの借入申込書に添付された書面は、西脇市同和対策室長訴外片岡静雄作成名義の「住宅改修資金借入申込書の返送について」と題する書面で、「昭和四八年一〇月二七日(原告浦上については、同年一一月二二日)申し込みのあつた住宅改修資金借入申し込書の提出については、つぎの手続を得られますよう返送いたします。」として、「住宅改修資金借入申込書は部落解放同盟兵庫県連合会西脇市内各支部を経由されたものを受付ておりますので、誠にご面倒ですが支部長経由の上ご提出下さい。」と記載されていることが認められるところ、右文言をみても、必ずしも行政庁の申請却下の意思が明確に表示されているとはいい難いし、本件借入申込書には、本件条例および規則に基づくその他の必要な記載事項等の不備のないことは当事者間に争がなく、他方、前記認定の返戻添付書面に記載された県連支部長経由ということが法令上の根拠を有しないことは後述のとおりであり、被告市長高瀬信二本人尋問の結果中にも、被告市長が、県連支部長経由を住民に強要しているのではなくて要望しているに過ぎない旨の供述部分があることに徴すると、被告市長において本件借入申込書を原告らに返戻したとしても単に事実上原告らの任意の補正を促したに過ぎないものと認められ、本件申請の受理に対する手続的拒否処分をしたものとは解せられない。また、証人片岡静雄の証言および原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らは県連支部長経由の指示に従わないので、被告市長の側では県連支部長経由がなされない限り本件住宅改修資金の貸付討議に入らないとして原告らの申請書を原告らに返戻し、原告らはこれに抗議したが、ききいれられず、現に、右申請書を手許においているが、今なお本件住宅改修資金の貸付を要求していることが認められる。これらの事実に徴すれば本件申請は被告市長の許に受理されながら、ただ、事実上、被告市長が原告らおいて、任意に、県連支部長経由をなすことを促して返戻したのに対し、原告らがこれに応じないでいるにすぎないものであつて、これをもつて原告らが本件申請をその受理に至るまでの途中で留保したものとみるべきではない。そうだとすると本件申請は被告市長に受理されるに至つたものということができる。

三被告市長が原告らの本件申請に対して、本件口頭弁論終結の日である昭和五二年九月五日までに何らの応答(前記返戻行為を別として)をしていないことは当事者間に争がなく、被告らの主張によれば、その理由は、結局、原告らが本件申請を県連支部長を経由してその承認印を得たうえでなさなかつた点につきるのである。

一般に、行政庁に対する申請が適法であるためには、申請が法定の形式および手続に従つたものでなければならないことは勿論であるが、逆に、行政庁において法令に基づかない要件を加重して申請者に要求することは許されないといわなければならない。被告らが、本件住宅改修資金の貸付申請に県連支部長経由を要求する法令上の根拠として主張するところのものは、本件条例第三条第一号のみである。しかし、<証拠>によれば、右条項は貸付対象者の実体的な要件を定めた規定にすぎないことが認められ、右条項をもつて申請の手続要件を定めた規定と解することはできない。また、前記甲第四号証によれば借入申込について規定した本件条例第七条は、「住宅改修資金の貸付けを受けようとする者は、規則で定めるところにより、借入申込書を市長に提出しなければならない。」とし、これを受けて本件規則第四条は、借入申込書の様式および添付書類について定めているが、県連支部長経由という点に関しては何ら規定していないことが認められる。その他、本件全証拠によるも、かかる要求について法令上の根拠となるものを見出し難く、本件条例に照らして原告らの本件申請はいずれも適法なものであると認められる。

四ところで<証拠>によれば、被告市における同和対策事業において同和対策審議会答申の基本的方針に則つて対象地区住民の自覚を促してこれを行うこととし、本件住宅改修資本の貸付制度の実施においても関係地区代表団体(当初、西脇市民主促進会)が前記自覚と責任を促すこと確約し、その後、県連支部が誕生してからは県連支部において右役割を引継ぎ、本件住宅改修資金の貸付申請に当つて県連支部長を経由することによつて被告市長は前記自覚の有無、対象地区住氏の確認を行つてきたものであることが認められる。右認定事実によれば本件住宅改修資金の貸付申請に当つて県連支部長を経由することにはそれなりの沿革と価値、効果のあることは否定できないが、右はいずれも政治的もしくは政策的考慮にもとづくものであつて本件住宅改修資金の貸付を実施するに当つて県連支部長を経由しなければ前記答申の基本的方針に従うことができないというものでもなく、県連支部長を経由しない申請を不適法なものというに当らない。よつて原告らの本件申請は適法なものということができる。

五なお、被告らは、原告らの本件各申請書を被告市長が返戻したことにより、現在、被告市長のもとに本件各申請書が存しない以上、原告らの主位的請求が認容されても、被告市長は本件申請に対する許否いずれの処分をもなしえないから、原告らの請求は失当であると主張するが、本件においては前記のとおり本件申請が被告市長に対し適法になされて、受理されながら被告市長において法令上の根拠なく、県連支部長の経由を指示し、原告らの抗議を拒否して申請書を原告らに返戻したため、右申請書は、現に、原告らの手許に存在しているのであつて、申請書が被告市長の手許に存しないとしても、被告市長は右申請に対して応答する義務を免れないというべきである。原告らは前記のとおり、今なお、本件住宅改修資金の借入を強く求めており、申請書類を手許においていることにかんがみれば被告市長において右申請に対し貸付決定をしようと思えばそれに必要な申請書類は、随時、原告らから提出されることが容易に予想されるから貸付を決定する上において困難を伴うことはない。よつて被告らの主張は採用できない。

六しからば、被告市長が原告らの本件申請に対し、叙上の事実関係からして既に相当期間を経過していることが明らかな現在(昭和五二年九月五日)に至るまで何らの処分をなさないことは、当事者の爾余の主張について判断するまでもなく違法であることを免れない。

七被告市が、被告市長の違法行為による損害を賠償すべき責任を負う者であることは当事者間に争がなく、また、前示の事実関係にかんがみれば、被告市長が違法な本件不作為をなすについて、少くとも過失のあつたことを認めることができる。

ところで、被告市長の違法行為の内容は、原告らの本件申請に対して被告市長が違法にも相当期間内に何らの処分をもしないことにあるのであつて、原告らが本件住宅改修資金の貸付を受けるべき適格を有するかどうかの点は、当裁判所の判断の限りではない。或いは、結局、原告らは右貸付を受けられない場合がありうるかもしれない。しかし、だからといつて、原告らが被告市長の本件違法行為から精神的損害を受けたことを直ちに否定することは相当でない。証人前田泰義、同浦上昌敏の各証言、原告前田義夫、同寺根武一郎各本人尋問の結果を総合すれば、西脇市には、戦後、部落解放運動の組織として「民主促進会」があり、同和地区住民は当然に加入する形になつていたが、民主促進会内部の運動方針等の対立から、一部の者が昭和四八年、県連協議会を結成し、一方、民主促進会も、同年六月、解放して新たに県連支部が結成されたこと、原告らはいずれも同和地区住民であるが県連支部には加盟しておらず、そのために被告市長の要求に従つて本件申請にさいして県連支部長を経由することを肯じなかつたものであること、原告らと同時期に本件住宅改修資金の借受申込書を県連支部長経由のうえで提出した者は、いずれも既に右資金の貸付を受け、中には、二、三回右貸付を受けていることが認められる。右事実によれば、被告市長の本件不作為自体が、結果的に、県連支部に加入しているかどうかによつて原告らを他の同和地区住民から不当に差別することになつたことは否定できず、原告らが、これによつて精神的苦痛を蒙つたであろうことは十分首肯しうるところである。前記認定事実の外本件申請の時期(昭和四八年)を考え併せ、原告らのかかる精神的苦痛を慰藉するには、原告各自金五万円をもつて相当とする。

八以上のとおり、原告らの本訴主位的請求は、被告市長に対して本件不作為の違法確認を、被告市に対して原告らに各五万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告市に対するその余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(中村捷三 住田金夫 小松一雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例